ありがとう 言葉にして 想いを伝えよう 10月
―Saying “thank you” is the gift of opening our heart to other.―
感謝の気持ちは声に出し、ありがとうというのが当たり前のこと、でも、言わずともわかってくれるなんて甘えてしまうのが人間です。私は「岐阜のおばあちゃん」に電話したときのことを思い出します。
私には父方母方のほかに3人目のおばあちゃんがいます。その人が「岐阜のおばあちゃん」。志あってふるさとの新潟を離れ、岐阜で生涯独身を貫いた人で、私から見れば父方の祖母の姉になります。団地で独り暮らしをする岐阜のおばあちゃんからすれば、新潟にいる私たち家族が子どもであり、孫代わりでした。私たちも「岐阜のおばあちゃん」と呼んで本当の子どもや孫のように接していました。
岐阜のおばあちゃんはしっかりした人で、10月の私の誕生日も忘れたことがありません。小学生のころは、「泰ちゃん、お誕生日ケーキだよ」と封筒の外側に書いて、毎年ピン札の一万円を入れて送ってくれたのを覚えています。一緒に入っている手紙もぬくもりとやさしさがにじみ出ていました。
その日の内にお礼の電話をしました。いや、電話させられました。両親から電話しなさいと言われしぶしぶ受話器をとる私でした。子どもの私にはなんだか恥ずかしくて〝ありがとう〟が言いにくかったのです。電話がつながると、「お電話してくれてありがとうね」と逆に感謝を言われてしまう始末。「うん、んー」と煮え切らない感じで会話して、最後にやっと取ってつけたように「お手紙ありがとう」と言うとおばあちゃんは笑いました。私も安心して笑って、電話を切る時の受話器はやさしく置きました。なんだかうれしかったのです。私がありがとうといわなくても、なんのために電話したかなんておばあちゃんは分かっていたでしょう。でもやっぱり感謝は言葉にして伝えなくちゃ。言葉にすると相手も喜びますし、自分もさらに感謝の気持ちがふくらんだりして気分がいいですよね。近しい関係だとなかなか言うのも恥ずかしいけれど、ありがとうと言葉にして後悔することはないはずです。
つい先日、「岐阜のおばあちゃん」が亡くなりました。満98歳の、まさに大往生。今年の私の誕生日はきっと、極楽浄土からおめでとうと言ってくださるでしょう。ほとけ様に向かって手を合わせるだけでおばあちゃんは私の気持ちはわかっているだろう、なんて甘えずに、声に出してなむあみだぶつ、ありがとう、と伝えたいと思います。
(新潟県三条市 秀翁寺 山田泰輔)